StatsBeginner: 初学者の統計学習ノート

文系出身で工学部(工学研究科)の教員をしてます。

「ウマ娘」にはなぜ90年代の馬が多いのか

「ウマ娘」というゲームとアニメが流行っているらしく、プレイする気や観る気はないのですが、ツイッターでたびたび流れてくるウマ娘の育成?報告をみていて、「なぜそんな昔の馬ばかりなの?」と不思議に思っていました。
で、下記の記事がウマ娘に登場する競走馬のデビュー年と引退年の一覧を作ってくれているので、集計してグラフにしてみました。


https://xn--gckvb3e1a0dy660b.com/%E3%80%8E%E3%82%A6%E3%83%9E%E5%A8%98%E3%80%8F%E7%99%BB%E5%A0%B4%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%A6%E3%83%9E%E5%A8%98%E3%81%AE%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E3%82%92%E8%AA%BF%E3%81%B9%E3%81%A6%E4%B8%80%E8%A6%A7%E3%81%AB



やっぱり、90年代に活躍したウマが多いですね。
私はこの頃に競馬をやっていて(中高生だったので馬k)、2004年ぐらいからほとんど見なくなったので、ツイッターに流れてくる馬の名前が自分の観戦歴と合致していて懐かしいなと思っていました。


なんでなのかなと考えたのですが、このAmazonの異様に詳しいレビューに書いてあるように、当時の競馬を詳しくしっている人が制作チームにいるんでしょうね。
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R7MP5Y30EDL77


しかしそれだけでは、ゲーム化・アニメ化してウケるのが不思議な気もします。
他に考えられる理由としては、1988-90年頃に活躍したオグリキャップが国民的人気ホースになって、おそらくその頃からテレビが競馬を盛んに取り上げるようになった結果、要するに90年代は競馬ブームだったのでしょう。当時観ていて「ブーム」という認識はなかったけど、歴史的に振り返るとそういうことなんじゃないかと。
そのおかげで、まず90年代には「多くの人に知られている馬」が多かったんだろうと思います。そういえば、高速道路でみかける馬運車には往年の名馬の名前が書かれてあるのですが、あれも90年代頃の馬が多い気がしますね。


ただ、そうだとしても、若い人がなぜウマ娘を楽しそうにやっているのかはよく分かりません。ブームだった90年代は情報が多くて、物語や設定が作りやすいんですかね?
若い人にとっては実在した馬のことはどうでもよくて、単にゲームの内容が面白いだけなのかもしれませんが、情報が多くて製作者サイドが「人の心に響く設定」を作りやすいのなら、90年代の馬が多くなるのも分かります。


ほとんど何も調べずに印象論で書いてるので、実は「なぜ90年代の馬が多いのか」は既にどこかで答えが解説されてるのかも知れません。もしそうなら、ぜひ教えて下さい。


ちなみに自分が2000年代に入ると競馬をあまり観なくなった理由は、いろいろ勉強したりしてると他のことに興味がなくなったってのもあるのですが、一時的にスター性のある馬があまりいない状況になったんですよね。特に、スペシャルウィークからテイエムオペラオーへの流れが個人的にはあまり盛り上がれませんでした。どちらも強い馬でしたけど、なんかこう、スター性が欠けてたんです。
スペシャルウィークは個人的にあまり推してなかった(なんか前からみるとヒョロっと細くて好きなタイプではなかった)ってのが大きいだけで、まだエアグルーヴとかエルコンドルパサーとかと走ってたからいいとしても、オペラオーは良いライバルがいなかったですからね。


あとは、サンデーサイレンス産駒一強、社台グループ一強みたいな感じになったのも面白みを削いだし、短距離馬とか外国産馬にスポットが当たるようになって(エルコンドルパサーとかタイキシャトルとか好きでしたけど)、伝統的な長距離レースのプレミア感がなくなったのも大きい。どんな距離でも、牡馬でも牝馬でも、GIはGIなのだみたいな風潮になって、大レース間の序列がどんどんなくなっていきました。
はるか昔は、ダービーや天皇賞はテレビの前で正座してみるという人もいたと聞きます。私の時代にはそこまではなかったですが、GIにも由緒あるレースとそうでもないレースがあるというぐらいの意識はあった。それが、まぁ要するにテレビを盛り上げるための都合でしょうけど、どんどん平準化していったんです。それで、「ダービーに特別な思い入れがあるのは、ジョッキーや調教師などの競馬関係者と、古いファンだけ」という感じになりましたよね。


この話をしだすと色々言いたくなって切りがないのですが(笑)、特に藤沢調教師なんかの方針がそうだったと思いますけど、「レースの格」よりも「馬の適性」を重視して、「勝てるレースを確実に勝つ」ことで賞金を稼ぐほうがよいという感じになっていった。さらに、「早めに引退して種牡馬としてさらに稼ぐ」みたいな風潮も出てきて、ファンからすると「いやもう一年走ってよ」って思う場面は多かったと思います。
そうやって、レースの格や序列を平準化し、名誉よりも利益という流れになったような感じがしたから、2000年代になって競馬を続ける気がなくなったのだと、今から振り返ると思いますね。


現在進行系の競馬ファンの人にも考えてみてほしいのですが、「凱旋門賞を勝つ」ことは今も日本競馬会の悲願という認識が共有されていると思います。要するに凱旋門賞には、まだ、圧倒的な威厳がある。これが平準化されて、「見込みのない凱旋門賞なんかに挑戦するより、香港あたりのGIで稼いどきゃいいじゃん?」ってなったら、面白くないでしょう。それに似たような変化が、平成の時代に国内であったのです。


逆に言えば、90年代というのは、古き良き「名誉」を重んじる競馬文化と、マスコミによるブーム化がうまく融合して、競馬がとりわけ面白かった時代だったのでしょう。しかしマスコミ主導のブームには、自滅的なメカニズムがあって、その面白さは続かなかったということかなと思います。
もっとも、馬券の売り上げは増え続けているし、後にディープインパクトやウォッカのようなスターも出てきたわけだから、私が言っている話は「2000年代前半にたまたまそうなっただけ」かも知れません。その後のことは、よく知らないですね。